標茶町営軌道 その2

updated 2005/May/02


2002/Aug./14 記録
2005/May/02 追記

今回は、まず前回すっぽかした風雲橋の撮影から行いました。

←プレートの文字の写し
(一部不明文字は「●」)
昭和35年10月
簡易軌道標茶線第三●●
釧路開發建設部
桶●造●建設株式會社●●

やのぴ♪さんの情報では、
「昭和35年10月
簡易軌道標茶線第三號橋
釧路開發建設部
楢崎造船建設株式會社製造」
ではないかとのこと。
情報ありがとうございますm(_ _)m。

表向きは昭和50年代に設営された橋というコトになっていましたが、橋の付け根のプレートを確認した所、確かに簡易軌道のための橋であった事がわかりました。

さて、本題の標茶町営軌道本線なんですが.....。やはりソレと特定できる場所ははっきりとはわかりませんでした。、ただし、開運町から出発した列車が、当時の牽引力でオソツペツまで上がるコトを考えると、少なくともかなり南の温泉のあたりまで回り込み、そこから山を回り込んで北上していたものと考えられます。

現在、ソコにはちょうど町道があり、ゆっくりと山を回り込んで上がっていくコースになっていました。コレが本線跡なのかどうかは、現在でははっきりしません。

また、国道はオソツペツ川を渡った直後に右に直角カーブになっていますが、実は左にも細い道があり、これを進むとやはりあまり起伏のないコースであったコトから、これが本線跡だったのではないかと推測していますが、こちらもそれらしい跡は確認できませんでした。

標茶町郷土館でこのあたりのお話をしたところ、やはりこういう時期の資料は散逸しがちだそうで、早急な整備が望まれるところではないかということでした。


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