[Essay] 悲しい一桁国道

今回の北帰行で、実は全ての一桁国道を走破したんやが…

まぁ、何度かに分けて走破してるケースもあるんやけど…記憶が間違ってなければ国道1号線、2号線、3号線、4号線、5号線、7号線、8号線は一度は一気に抜けてるハズやねんな。9号線はなかなか全線一気やる機会がないままに今に至ってる。

んで、最後に残ってたのが国道6号線。関西在住の頃は全く機会がなく、今回の北帰行で初めて残りの全線(関東に越して以降、普段から茨城以南はよく使ってたので)を走破したんや。

つまり、あの東北の大震災の前に走る機会はなかったワケやな。

で、今回初めて福島県内の国道6号線も走り切ったワケやが…今まであんなに悲しい道を走ったコトがないと思ったんや。そして、ある種の緊張感も。

南側から北上していく形やったが、富岡を過ぎた辺りからなんか周囲の雰囲気が奇妙なコトになっていく…なんというか「先史文明の遺跡」の中を走ってるような感じやな。んで、今も物々しい雰囲気で帰宅困難地域への道が全てガードされとる。というか、国道6号線自体も本来は帰宅困難地域とチャウんか?って思えるぐらい、長い距離をそういうガードが接してるんや。

その接してる部分の前後と真ん中に線量計があって、前後は概ね0.2uSv/h、真ん中は概ね1uSv/hを示してた。国の基準としては、0.23uSv/hを超える場所は除染作業が必要になる(=一年間その場に居続けると、ヨロシクない量を浴びる)ということらしい。

真ん中ってのはつまり、爆発した福島第一原発に一番近い辺りってコトやな。んで、その周辺は今でもダンプカーが行き交い、ちょっと物々しい作業服を着た人たちが手続きとかやってた。「スクリーニング場」ってのがいくつもあるらしく看板がアチコチにあり、作業者に対する被爆チェックをやってるようやな。

んで、その前後には妙に安い木賃宿が多数できてた…中には、どうみても元ラブホやろってのまであったかな。全部作業員さん向けなんやろね。

あれからもう15年もの時間が経過してるんやで。でも、未だそんな状態なんや。無論、これでも帰宅困難地域はかなり縮小したとは聞いてる。でもな、あれだけ長い区間の国道に接してゲートがあるってコトは、未だ残ってる区域も結構膨大な面積とチャウんかいな。

そら、地図で見たらチッコク見えるかもしれんけどな。現地へ行ってみ?こんなに広い土地が今だにそんなコトになっとるんか?と驚くと思うで。

原発の爆発事故そのものは地震による津波がトリガーやとされてるが、そもそもそこに原発が無ければ…せめて過去の指摘から改修工事が行われていれば、こんなコトにはならなかったのではないか?とか考えると、これどう考えても人災でしかなかろう。

当時の責任者は悉く逃げてる(まぁ、撃ち殺されたのもおるな)みたいやが、ヲイラはもっと大事な責任者がいると思っている。あそこで生産された電気は主に関東平野へ供給されてたと聞く。であるならば、せめて関東平野に住む者は、一度は今のあの現場…せめて国道6号線のあの区間を通ってみるぐらいのコトはせなアカンのとチャウやろか。

それも、窓の閉め切られた観光バスではなく、普通の自動車か何かで、窓を開けて走ってみるコトをオススメするよ。そうしたら、今まで呑気に電気を使ってきたコトに対する責任感を自覚するかもしれんからな。

自分の家があのゲートの向こうにあると考えてみ?んで、この15年間どうにもできんかった&まだまだ当分何もできんって考えてみ?

今更今の原発なんか使い続けてエエとは全く思えんよ。ヲイラはそう思う。

こんな悲しいコトを感じながら道を走ったコトなんか、これまで一度もなかった。この道が、早く元の平和な道に戻って欲しいと願うけど、それはヲイラの寿命のウチでは無理なのかもしれないね…。

Zak について

基本的にヲタクです。いや、別に萌えとかいうのではなく、ハマるとトコトン進めようとする癖があるので、自制が必要だという…。
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