私は如何にしてフリー技術者になったのか その2

●あれは忘れもしない何年前だったか…

タイトルは知る人ぞ知る某タウン情報誌の連載から(笑)

2007年…そう、かれこれもう10数年ぐらい前にこの会社に入社した時、ヲイラはサービス(ユーザーサポートのコト)部担当となっていた。実はその前の会社での業務も半分引き継いだようなコトもあり、基本的にはお客さんへ対応と、あとは修理業務が仕事って感じやね。修理の範囲も徐々に広がり色々やったけど、その道のベテランがいて、色々教わりながら修理をこなす日々やった。

会社は一応そのジャンルでは有名な世界的ブランドだったんやが、内情はまぁ推してしるべしというか、いわゆる昭和な旧態依然とした感じの会社やったね。どれぐらい昭和だったのかというと、毎日決まった時間に女性がお茶入れて机に置いて回ってたぐらいの昭和感と言えばわかるだろうか。そういうの、最初に就職した会社以外には無かったので、結構ビックリした記憶がある。お茶ぐらい自分で淹れるモンやったからね。

そのジャンルではまだ問屋なんてのが息をしていたんやが、こっちもまた旧態依然とした感じやったな。よくあんなので今を生きていけるなと思ってた。まぁ、残渣の一つだったのだろう。

それから何年か経過して、ある時、突然営業部長が解任…というか事実上のクビになった。どうも話を聞いていると、色々と社内で私事をヤラカしていたらしい。会社のクルマを勝手に私事に使っていたとか、ここに書けないような色々ね。で、その頃に色々粛清?が入り、何人かのシニア層が退社していった。まぁ、色々あったんだろう。

その結果かどうか知らないが、それと前後して開発部で人員が足りないって問題が発生した。ある製品の設計担当までがいなくなったというのだ。どういうワケかヲイラのトコにオファーが来たので、「仕方なく」開発も掛け持つコトにした。まぁ、その製品は自分でも個人的に使っていた製品なので、内心ニヤリとはしていたのだけど(笑)。

で、いざその製品を担当してみたら、前担当が残していった設計情報が悲惨やった。回路も酷ければ基板のパターンも酷く、挙句にファームも論外な書き方。なるほど、ユーザーサポートしてて色々苦情があったのはこのせいかと納得。元々少々タカビーなモノの言い方をしてくる輩やったんやが、あれもしかしてヲイラに色々バレるのが嫌やったんかなとか思ったのは後のお話。

新規にもう一人当てがわれた新人に回路と基板を担当させ、適宜ヲイラが指示をして修正し、ヲイラはファームを書くという形に落ち着いた。ただこの新人、実は製品のユーザーでもあって、しかもチャンピョンレベルのユーザーだった。なので、製品のテストはこの新人と一緒に出かけてチェックって感じやったな。設計ではヲイラが主導するけど、チューニングとかツメは彼が主導するって感じで持ちつ持たれつやった。

それからしばらくは、割と平穏な日々ではあった。修理業務との掛け持ちだったので、机はそれぞれに用意され、毎日両方を行き来するような感じやったけどね。自分でも使っている製品の新機種開発なので、色々とコッソリネタ機能を仕込んだりもした。これが後々別のトコで役に立つんやけど、それはまた別のお話。

ああそうや、その頃の社内ネットの具合はそれはもう酷いもので、拠点ごとにバラバラやし不定期に社内で輻輳状態が発生していた。しかも、当時のネット管理者は恐ろしく無能で、それを帯域制限で解決しようとしていた。当然そんなもの収まるワケがなく、あまりに酷い状態を見かねた当時の社長の依頼で管理権限をヲイラに移譲させ、ヲイラが面倒を見るハメになったりもしたな。

早速社内配線とか全部見直しを行い、ショボい家庭用のハブ(マヂでメインの社内ハブが家庭用だったの!)を管理機能付きの業務用に変更していき、社内の主だった部分での問題は無くなった。

更に数年後。今度は突然の社長交代が発生した。なんか当時の社長にも色々あったらしく、雇われ社長は放逐されてしまった。んで、創業者一族(創業者本人はすでにお亡くなりになっていて、遺族が数名って感じ)が経営に乗り込んできた。ついでに経営陣に謎のコンサルがやってきて、アレコレと指示をするようになった。もう見た目からして怪しいコンサルのオッサン(雰囲気的には、痩せてるのに脂ギッシュな色黒投資家風味)と、その子分のイカツいオッサン(明らかに実力行使部的なガタイのデカいオッサン)が突然やってきたんよな。

社長室にコンサル達の机が置かれ、どういうワケかそれまで100Mbps契約だったネット回線をいきなり1Gbps契約にするコトになり、同時にいくつかあった拠点間をVPNで接続しろという話になった。

先のネット改善の功績?からか、新社長の元での1Gbps化に関してもヲイラに一任され、各拠点のネットワークの管理までもを行うハメになった。ルータもSOHO用の良いものに交換し、ルータレベルで各拠点をVPN接続した。これは、少なくとも名目上は社内システムを同時に更新し、各拠点での在庫や出荷状況を一元管理できるようにするためだった。そのために別途システム屋が入り、管理システムを構築していた。神戸の某所にある貸サーバ室に赴き、そこにもルータを置いてネットをつなぐなんて工事もやったな。サーバ自体はシステム屋が用意するので、ヲイラはVPNを通すだけだったけど。

そういや、貸サーバ室の管理人がポカンとしてたな…業務用のゴツいのではなく、SOHO用のルータを持ち込み、しかも事前設定しておいたので速攻で接続確認して終わってしまったのにびっくりしていたようや。普段とは全然違うものを見たのだろうな。そんなアナタガタがやってるような難しいのん、ヲイラには無理やし。閑話休題。

ま、そんなこんなでネットを一新したワケやが、そのうち妙な動きが始まった。急にその社長室のコンサルの机に大量のモニタが並べられ、マルチモニタで表示できるシステムを組まされた。と言っても、選定等はコンサルが全て行っててヲイラは組み上げただけやけど。モニタの数は5〜6枚あったと思う。全部縦長にして横にズラリと並べられた。当然社内なのでゲームではない。とすればこれは…

(後で聞いたら、案の定ではあった)