ロボットコンテストと教育的価値

もう大昔から散々言われてきたコトなんだが、なんかまた言われてるらしいので、自分の考えをまとめて書いておくコトにする。

ロボットコンテストの教育的価値に関しては大昔から散々言われているので「またか」という気分でしかない。 一方で純粋にそこで何を学ぶのかを考える時、これまでに行われた全てのロボットコンテストが等しく教育的価値があったのかを考えると、それはそれで疑問に感じるコトがないワケではない。

たぶん、端的に言うなら「そのコンテストが何にフォーカスしているのか」と「参加者が持っているであろうスキル」を比較して、そこに極端な乖離があるものってビミョーな存在に感じるコトはある。特にメディアが絡んだものは、番組枠に捉われがちではないかしら?

そして、残念なコトにロボットコンテストの非参加者が知るロボットコンテストは、大抵がそういった番組枠で行われるものだ。従って、こういう人たちが言うロボットコンテストってのは、かなり偏っていると思って良いと思う。

ちなみに、だからヲイラはあえて「ロボコン」という表現を使わない。理由はわかりますよね?昔あった特撮ロボット娯楽番組と間違えるってのもあるけど、いわゆる高専ロボコン等のイメージ…それもかなり初期の頃のイメージだけで語られる可能性が高いからなんだよね。

ずいぶん長いこと、この辺の誤解や誤認識を放置してきたんぢゃないのかな?と、ヲイラなんかは思う。一部でも宣伝になってるんだからイイとか言わないで、そこにきちんと多様性があるコトを表に出していかないと、「ロボットコンテストはお遊び」的な視点は消えないんぢゃないかしら?

また、ロボットコンテストの開催において「努力」だの「根性」だのを前面に出したような報道や放映のされ方を許しているのもまた、残念な結果を招いていると思う。そういったモンを前に出し、いわゆる体育会系の文脈で公開されるからこそ、いわゆるアカデミアからは斜めに見られるのではないかしらね。

各種のロボットコンテスト運営者が、コンテストを外部からどう見られているのかについて、この辺りのコトをよく考える必要があるんぢゃないかな?と、常々思う。

ヲイラの記憶が正しければ、マイクロマウスの初代事務局長の故 田代氏から、大会にはあまりメディアを入れないようにしていると聞いた覚えがある。これは、大会がメディアの思惑で歪められてしまうコトを危惧し、純粋に技術大会として長く開催したいとの想いからだったと記憶している。ヲイラは今でもこの考えを支持している。

ただ、一方で前述のようにロボットコンテスト=メディアで流れてきたものというイメージしか持たない人が大多数であろうというコトも、たぶん事実だろう。そこのギャップをどうやって埋めていくのかについて、常に意識的である必要があるんぢゃないかと、ヲイラは思うのよ。

以上

Zak について

基本的にヲタクです。いや、別に萌えとかいうのではなく、ハマるとトコトン進めようとする癖があるので、自制が必要だという…。
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